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2006.10.15(Sun)

98互換機 ~ 98シリーズ ~ DOS/V機へ



1993年にWindows 3.1が発売され、バイトの絡みで互換機であるEPSONで
は心配になり、とうとうNEC PC-9821 BS/U7Wを購入。

バイト以外の遊びの分でもこのマシンには結構お金、使いました。
モニターも17インチに格上げ。当然ブラウン管!99,800円。

ローランドのDTV-505N(ビデオくん)というキャプチャーボードも買いましたね
ー。確か9万円位したと思ったけど。
これ買った理由というのは、当時、会社の気が合った連中と飲み会やらキャン
プへ行った際にビデオを撮っていまして、その編集をパソコンでやりたくて購
入。実際に使ったのは2回だけ。トホホッ

1996年にDOS/V機に衣替え。OSもWindows 95に変更。
パソコン単体で45万円。かなりの決断でした。JCSのVintage。
JCSという会社、各省庁や大学への納入がほとんどで、一般向け
じゃないような気がするんだけど、ケースが良くて決めちゃった。

でも翌年には25万円かけて、ほとんどのパーツを入れ替え。
ここが自作のスタートになり、その後はもうグチャグチャ。
だから今のマシンが何台目になるのか、、、わかりませーん!

わかっていることはDOS/V機移行後、もう600万円以上、ハードにお金を使っ
ているということ。本当にご苦労さん!!
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2006.10.10(Tue)

Oh! FM-7 ~ PC286 ~ PC386



MZ-80Kはモノクロだけど富士通のFM-7はなんと8色表示可能!
思わず買ってしまってロードランナーで遊んでいた。

5.25インチのフロッピーディスクは高くて手が出ず、テープレコーダーでデー
ターを読ませていた。モニターにはSONYのPROFEELを繋いで色があるって
凄いなぁって思っていたら、翌年の1983年には任天堂のファミコンが発売!
HVC-001っていうヤツ。

ファミリーコンピューターよりもパーソナルコンピューターの方が格が上だとい
う意地があり、すぐには手を出さなかったのだけれど、『スーパーマリオブラザ
ーズ』やりたくて買ってしまった。

その後、病気になり、貧乏になり、パソコンからも離れていた。
経済的にも落ち着いて次のマシンを買ったのが1990年。
パソコンを使う仕事はしていなかったので、完全なパーソナル。

時代的にはNECの98シリーズが全盛だったのだけれど、何故かへそ曲がり
な所があり、NECは避けてNEC互換機であるEPSON PC286L STDというラ
ップップ型を中古で購入。

EPSON AP-850という熱転写プリンタも買い、結構遊んでいた。
外付けのHDDも購入。100MBの物で92,000円。タカァー!

ワープロは一太郎Ver.3。表計算はアシスト・カルクからロータス1-2-3に変
更。Excelよりもある意味、使い勝手が良いので1-2-3は今でも使っている。

仕事がらみではSHARPの電子手帳が大活躍。同じ機種を2度買ったこともあ
るけど、PA-7500→PA-7C11→PA-8800とステップアップしていった。

その後マシンはEPSON PC-286UXからPC-386Mへとステップアップしてい
く。この頃からマシン買い換えの費用はパソコンのバイトで捻出。
テープ起こしやらアンケートの打ち込みが主でしたね。
00:35  |  歴史  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2006.10.08(Sun)

パソコン歴をちょっとだけ



最初にパーソナル・コンピューターに触れたのは1980年だったと思う。
今から何年前ですか?ハイ!4半世紀も前のことですね!

会社で新しいシステムを売り込むということで、ある日、シャープのMZ-80Kと
いうマシンが目の前に現れた。これで何できるの??

銀行関係の窓口とかで、現在使っている番号札ってあるでしょう!
それが世に出る前の話です。いまはカードを発行し、電光とか音声で呼び出し
をするという感じだけど、それをこのマシンに打ち込んで、フリッカーさせるとい
うことを社長が企画した。
プログラムを業者に頼み、セールスはしてみたものの・・・・。

全支店の窓口に置くには、あまりにも高額になりすぎてボツ!
あっという間に職場のオモチャに格下げされてしまった。
それで暇なときに、というよりもわざわざ暇を作って、BASICでゲームを組んで
遊んでばかり。ブロック崩しも呆れるほどスローだった。
プログラムの読み込みはカセットテープ。これは画期的なこと。それまでは紙
テープに穴を開けてデーターを記録していたのだから。
画面は10インチのモノクロ。メモリは48Kバイト。凄いね!!

下の写真はMZ-80Cだけど、何故かパンフレットが残っている。

MZ80C_01b.jpg


1982年に東芝のPASOPIAという16ビットのマシンが出て、それを同僚が個人
的に買い、後々にプログラム開発の道に進んでいったのだけれど、
僕はたいしたゲームも出来ないパソコンよりも、同じ頃に出た東芝の
TOSWORD JW-1という小型のワードプロセッサのほうが面白かった。
これも販売を目的に会社で仕入れたモノだった。

会社はその後、富士通のオフイス・コンピュータに手を出し、それが思うように
売れず翌年に倒産。退職金代わりにMZ-80Kを貰って帰ったけど、もうそれで
遊ぶ気にもならなかった。
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